2012年5月14日月曜日

三木玲治の古墳発掘の旅

三木玲治の古墳発掘の旅


田代太田古墳から北に約300メートル行った所に庚申塚古墳が立地しています。

庚申塚古墳は全長約60メートルの前方後円墳です。

前方部に沿って窪地があることから墳丘の周囲に堀が廻っていたと考えられています。

墳丘は2段築成です。

現地案内板に掲示されている墳丘測量図をみると、
典型的な6世紀の前方後円墳であることがわかります。

墳丘からは埴輪片が出土しています。

埋葬施設は全長約4メートルの横穴式石室です。

石室内はベンガラで赤く彩色されています。

石室は埋め戻されているので、中に入ることはできませんでした。

土嚢袋が露出しているので
「はは~ん。ここが開口部だな」というぐらい埋め戻された場所はわかります。

雨水などで表土が流されて埋め戻しの土嚢袋が露出しているのですが、
このままだと陥没すると思いました。

見学者の安全確保と、
石室の保全のためにも何らかの対策を講じた方が良いと三木玲治は思いました。




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2012年5月13日日曜日

三木玲治が古墳発掘に行ってきました~

三木玲治が古墳発掘に行ってきました~


佐賀県での初の古墳見学は田代太田古墳です。

田代太田古墳は直径約40メートルの円墳です。

埋葬施設は複室の横穴式石室で、
玄室奥壁には赤・黒・緑からなる
三角文と人物や舟、盾が描かれていました。

装飾文の保存から石室内に入れないことは覚悟していたのですが
「墳丘に立ち入る時には鳥栖市教育委員会に連絡してください」の看板が・・・。

看板を見て絶句すること数十秒。

多分、隣接する個人住宅との兼ね合いだと思うのですが
まさか墳丘にすら入れないなんてね・・

ものすごくがっかりしました。

一昔前のアナーキー三木玲治なら
「そんなこと知ったこっちゃないよ」とズカズカ入っていったと思うのですが、
公僕と化した学芸員の三木玲治にもはやそんな勇気は無く断念しました。

事前の三木玲治リサーチでは石室入り口の前に案内板があったはずなのですが、
それすら見ることが出来ないなんて・・・。

遠巻きに田代太田古墳の墳丘を眺めながら
「せめて案内板だけでも場所を変えて設置してくれぇ」と
声にならない心の声でつぶやいた古墳見学になりました。




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2012年5月12日土曜日

三木玲治が古墳発掘

三木玲治が古墳発掘


田代太田古墳から東に100メートルほど行くと安生寺というお寺があり
お寺の西隣に岡寺古墳が立地しています。

岡寺古墳は全長約80メートルの前方後円墳なんだそうですが、
ほぼ全壊に近い状態なので目視では前方後円墳の面影は有りませんでした。

案内板には埋葬施設は見つかっていないと有ったのですが、
「いや、もう残ってないでしょ。これ。」と突っ込んでしまいました。
墳丘からは円筒埴輪をはじめとして、
人物埴輪や馬・猪・鶏といった形象埴輪がたくさん見つかっているそうです。
埴輪の年代から築造時期は6世紀前半と考えられています。

これくらいしか記すことが見つからない古墳です。




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2012年5月11日金曜日

三木玲治が考える考古学

三木玲治が考える考古学


一支国博物館の見学中、弥生時代の壱岐を舞台にしたドラマを鑑賞しました。

遺跡の説明と、そこから想像されることを物語にしたストーリーで、
エンディングは原の辻遺跡の遠景で締めくくるというものでした。

上映が終わりスクリーンが上がると、スクリーンの裏にある窓ガラスから、
先ほど映像で見た原の辻遺跡の遠景と全く同じアングルで実際に見えることが出来るという、
なかなか趣向を凝らした作品でした。

三木玲治が見たときは残念ながら雨霞に曇ってぼんやりとしか原の辻遺跡の様子を
見ることができなかったのですが、
その遠景を見たとき、「(博物館から原の辻遺跡まで)遠ぉっ!!」って
間髪いれずに口から出てしまいました。

雨がかなり降っていたのと、風もやや強く吹いていたので
「原の辻遺跡に行くのは諦めようかなぁ」と思っていたのですが、
せっかくこうして壱岐まで来て原の辻遺跡に行かないのは勿体無いので、
頑張って見学に行くことにしました。




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2012年5月7日月曜日

三木玲治の新しい発掘

三木玲治の新しい発掘


今日は宿舎から現場に向かおうとした直前から大雨。
全然知らなかったのですが、沖縄はもう梅雨に入っているとか。

早っっ!!

まぁ坊は超が付くぐらい晴れ男で、発掘調査で行ったとある町では、

雨が降らなかった日数記録を更新させ、渇水警報を発令させたた実績があります。

ちなみに、その町では、まぁ坊が帰った翌日から未曾有の大雨になったそうです。
そんなまぁ坊でも沖縄の天気には1週間しか効き目がありませんでした。

雨降りだったので発掘調査は中止になって、これまでの発掘で出土した遺物の洗浄をやることになりました。

いわゆる“整理作業”というやつです。
アルバイトに来ている人たちにせっせと洗ってもらってる横で、
きれいになった土器のかけらを観察していったのですが、本土の土器に比べると「仕上げが荒いなぁ」という印象を持ちました。

それに比べると、こちらの貝の形の美しさの素晴らしいこと。そして本土で見る貝に比べて大きいこと!!
琉球の人は大きな二枚貝の貝殻を器にして食べ物を盛ったりしたんじゃないかなぁ?そっちのほうが見た目も良いしね。

「料理はまず目で食べてから」っていうし、本土でも日宋貿易で中国陶磁器が入ってくると平安貴族の皆さんはすぐに飛び付いて、
須恵器が一気に衰退していったし。NHKの某歴史ドラマで、蘇我馬子が須恵器に盛られた豪勢な料理を食べているシーンがあったけど、

決して美味しそうには見えなかったしねぇ。
琉球の土器は貯水(島では水の確保が死活問題!!)とか煮炊きといった調理(耐熱性)の器でしか用いられなかったのではないかなぁ。
「機能を果たせばそれでいいといった“裏方の器”として用いられたから、見た目にこだわらなかったのでは?」と勝手に想像を膨らませた調査員まぁ坊でした。





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